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「約束の地から」
ブログ「約束の地から」。 日々雑感、読書感想など。
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捜査官の誘導に対する迎合供述とは?
 これから数回にわたって自白の変遷について突っ込んで行きます。が、その前に、ここで昨年9月に水戸地裁土浦支部が出した再審開始決定要旨に、
5 自白の検討 
----中略----

“塙圓忙蠅觀舒泙ら逃走状況に至るまであらゆる点で看過し得ない供述変遷が認められ、捜査官の誘導に対する迎合供述ではないかと疑われる点が多数存在する

再審開始決定要旨より

とある、捜査官の誘導に対する迎合供述とはどのようなものかについて書いてみます。
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 例えば、被害者Tさんが自宅の八畳間で、首にはパンツが巻かれ、口にはパンツが詰め込まれ、両足を縛られた状態で死んでいたことや、八畳間の床はVの字に落ち込んでいたことや、八畳間と四畳間の境のガラス戸は四畳間側に倒れていたことなどを知っているのは、/身反発見者A楮佐……ですね。いまは、私(真理子)も知っていますが、それは9年前に布川の守る会に入って、学習会に参加したり資料を読んだりしたからで、それ以前は知りませんでした。多分、このブログ「突っ込み布川」の読者にも、「突っ込み布川」を読むまで知らなかったという人がいるはずです。(図版参考
 このように事情を知らない人が逮捕され、取調べを受け、「言え」と言われても、何も言うことはできません。だから否認するわけですが、取調室という閉ざされた空間で、数人の刑事に寄ってたかって怒鳴られたり、「白状しないと死刑になるぞ」と脅されたり、机をドンと叩かれたり、灰皿を投げつけられたりしているうちに、「やった」と言ってしまう。
「やった」と言うと、こんどは何を盗んだのか、どう殺したのか、「何を・どう」を言わされるのですが、言えませんよね、知らないんですから。これを客観的事実と一致するように、共犯者の供述が一致するように、捜査官が誘導します。


客観的事実と一致するように誘導
 Tさんの死体は、首にはパンツが巻かれ、口にはパンツが詰め込まれていました。捜査官は知っています。これを何にも知らない桜井さん杉山さんが、「包丁で刺し殺した」だの「ピストルで撃ち殺した」だの言わないように、捜査官が誘導するのです。


共犯者の供述が一致するように誘導
 桜井さんは10月10日に逮捕され、取手署で取調べを受けます。当初は否認していた桜井さんが10月15日に「杉山とやった」と自白し、この自白を元に10月16日に杉山さんが逮捕され、水海道署で取調べを受けます。二人は別の場所で別の捜査官に取り調べられたので、桜井さんは杉山さんが「何を・どう」自白しているのか知らないし、杉山さんは桜井さんが「何を・どう」自白しているのか知りません。
「首を締めたのは自分で、口の中にパンツを詰め込んだのは杉山」と桜井さんが言っているのに、杉山さんが「全部自分がやった」と言っているようでは困まるので、共犯者の自白が一致するように捜査官が誘導します。


変遷が起きるワケ
 これから先、くわしく見ていきますが、二人の自白は変遷が多く、最後まで「何を・どう」したのか分からないまま終わっているといっても過言ではないくらいです。その理由はいくつかありますが、主な理由は次の通りです。

★客観的事実との調整 
 例えば、秦鑑定人が死体を解剖したのは、発見当日の8月30日です。が、鑑定書が出来上がったのは12月1日です。それまでは鑑定書に何が書いてあるのか、捜査官も知りません。10月半ばの逮捕以降12月1日までの間、捜査官は鑑定書の内容(客観的事実)を知らないまま桜井さん杉山さんを誘導するのですから、すでに相当量のズレた自白調書が出来上がっています。このズレの調整が変遷になります。
★共犯者間の調整
 二人は別の場所で別の捜査官から取調べを受けたので、杉山さんは桜井さんが「何を・どう」自白しているのか知らないし、桜井さんは杉山さんが「何を・どう」自白しているのか知りません。そこを二人の自白が一致するように捜査官が誘導するのですが、それだけでなく、桜井さんを取り調べている捜査官は、杉山さんが「何を・どう」自白しているのか知らないし、杉山さんを取り調べている捜査官は、桜井さんが何を・どう自白しているのか知らないんですよ。捜査官がそれを知るのは自白調書が出来上がってからなので、「おい杉山。桜井は、口にパンツを詰めたのはおまえだって言ってるぜ。昨日の話と違うじゃないか」という具合に、共犯者間の供述を調整します。これが変遷になります。



 今日はここまで。次回から、変遷を具体的に見ていきます。


自白の変遷 | 09:25 comments(7) | trackbacks(0) |メールはこちら
自白の変遷 ,燭泙燭渊于颪辰榛檗
 今回から向こう数回にわたって、自白の変遷の中味を見ていきます。
 繰り返しになりますが、桜井さん杉山さんの自白は変遷が多く、「何を・どう」したのか最後まで分からないまま終わっていると言っても過言ではなく、確定判決が何を根拠に事実認定したのかも真理子は理解に苦しむのですが、とにもかくにも事実認定しています。そのうち今回は、下記引用部分=桜井さん杉山さんがTさんから金を借りようと相談するところまでの自白の変遷を扱います。
請求人ら(桜井さん杉山さんのこと)は、昭和42(1967)年8月28日午後7時20分頃、茨城県北相馬郡利根町所在栄橋の袂(たもと)でたまたま出会った際、翌日行なわれる取手競輪の遊興資金の捻出方法を話し合ったが、桜井の知り合いで、小金を貯えて闇金融をしているとの噂があった同町大字布川--中略--大工T(当時62才)から、これを借り受けようと相談し……

確定判決事実認定要旨より)



土地勘をつかみましょう。
大きい地図のほうが見やすいです。
←クリック
 
 



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自白の変遷
自白日
桜井自白(取手署)
杉山自白(水海道署)
10月15日我孫子に戻ると、成田線のホームに杉山と加藤がいた。加藤は左目に眼帯をしていた。午後6時40分頃の下り成田線に杉山と加藤と自分の三人で乗って、午後7時少し過ぎに布佐に着いた。駅前通を真っ直ぐ行って石段を登って、栄橋を三人で渡った。橋を渡ったところで加藤は家へ帰った。杉山と二人になって、明日の競輪のカネをTさんに借りる相談がまとまった。
まだ逮捕されていません。
10月17日
?自白録音テープ?
桜井が我孫子へ来て列車を待っていると、杉山が一人で来て、その後10分くらいして加藤(左目に眼帯をしていた)も来て、新橋の方でやくざに殴られたと言っていた。
布佐駅で降りると、みんなとは別に栄橋のバス乗り場まで歩いて行き、バスに乗っていると、加藤と杉山が来て、話しかけられてバスを降りていると、バスが行ってしまった。
我孫子のホームで、誰か知っている人間で、通勤から帰ってくる者を待っていたら加藤が来た。加藤は目にケガをしていた。加藤と話しているところに桜井が来た。6時40分頃の我孫子発成田線の列車に乗り布佐で三人で降りた。布佐駅前通りを歩いて栄橋を渡り、橋を渡ったところで加藤は家に帰った。桜井と二人になって、あしたの競輪資金をTさんから借りようという話になった。この日、加藤は目にケガをしていなかった。ケガをしていたというのは訂正します。
事件当日、加藤は桜井・杉山に会っていない。
(10月17日付け加藤調書)
10月18日我孫子のホームのベンチに腰掛けていたら杉山が来た。6時47分発の電車の、桜井は四両目あたりに、杉山は前の方に乗って、布佐で降りた。加藤と一緒だったのは記憶違い。駅から一人で歩いて栄橋を渡り、橋の袂のバス停でバスに乗る。発車少し前にバスの入り口から杉山が顔を出し、「ちょっと降りろよ」というので降りた。バスが発車してから、あしたの競輪資金をTさんに借りようという話になった。
10月22日我孫子の成田線ホームのベンチに腰掛けている間、知っている顔は野村だけだった。ベンチから立って、6時47分発成田行きの列車の中を、一番後ろの車両から順に窓の外からのぞいたら、後ろから三つ目あたりの車両に桜井がいた。窓の外から桜井と話しているとき、高木が後ろを通りかかって「こんばんは」と声かけして通り過ぎた。桜井と分かれてさらに列車の中を見ながらホームを歩いていたら、発車ベルがなったので、前から三つ目の車両に乗った。車両の中に武藤と沖田がいた。布佐駅で武藤・沖田と一緒に降り、肉屋の前あたりで桜井が追いついて来た。石段を登った栄橋の袂のところで桜井が、山岸の弟が昨日利根川で死んだ」という話をした。橋を渡り終えたバス停のところで武藤と沖田はバスに乗り、バスが出ると桜井と二人になって、あしたの競輪資金をTさんから借りようという話になった。
事件当日、高木は我孫子駅で杉山に声を掛けた。
(10月23日付け高木調書)
10月24日我孫子駅で6時47分発の列車の四両目当たりに乗っていると、ホームを歩いていた杉山が話しかけてきた。杉山は誰かを探しているようで、車内の前の方へ歩いていった。布佐駅で一人で降り、石段を登ろうとしたとき、青木年子が男の人らと話しながら登っていくのを見た。自分が石段を駆け上ったら、脇にいた男に「元気いいな兄貴」と言われたので、「なんだこの野郎」と怒鳴った。橋を渡る手前あたりで杉山と一緒になって、昨日、利根川で山岸の弟が死んだという話をした。橋を渡って橋の袂の西側あたりで杉山と二人で明日の競輪資金をTさんから借りようという話になった。
11月1日成田線下りに乗っていたとき杉山に会い……布佐駅を降りたところで桜井に会い、桜井が翌日の競輪資金をTさんから借りようと言い出し…
11月2日
?録音テープ?
桜井は我孫子駅に来て杉山と会ったが、会った場所がホームか電車の中かはっきりしない。杉山と栄橋の途中あたりで会ったとするほかは、10月24日自白とほぼ同じ。
11月3日
?録音テープ?
我孫子で杉山は列車の発車一分前ころまでベンチにいて、同列車の前の方に歩いていくと、桜井が乗っていたので話しかけ、杉山の後ろを高木が「今晩は」と声を掛けて通り過ぎ、桜井と別れて列車に乗ると、武藤・沖田らと一緒になった。
布佐駅で武藤・沖田と一緒に降り、石段を登って栄橋の途中で桜井に会い、桜井が、山岸の弟が昨日利根川で死んだ」という話をした。橋を渡り終えたバス停のところで武藤と沖田はバスに乗り、バスが出ると桜井と二人になって、あしたの競輪資金をTさんから借りようという話になった。
12月13日我孫子駅のホームを歩きながら、知った人間がいないかと6時47分発の列車の中を探していたら、窓際に桜井がいるのを見つけた。高木に声を掛けられた。桜井と話した後、桜井とはなれて列車の通路を歩いていたら、武藤と沖田がいて、三人で車内で話をした。布佐駅に着いて三人で一緒に駅前通りを真っ直ぐ歩いた。桜井と石段の手前あたりで一緒になり、橋を渡る前に桜井が「昨日、利根川で山岸の弟が死んだ」という話をした。桜井・沖田・武藤と自分の四人で栄橋を渡り、橋の袂のバス停で沖田と武藤はバスに乗って行ったので、桜井と二人になって、翌日の競輪資金をTさんから借りようという話になった。
12月19日杉山と会ったのは栄橋を渡った橋のたもと。我孫子発6時47分の列車に乗り、7時5分に布佐に着いてから、橋を渡ったところで杉山に会って翌日の競輪資金の話になったが、駅を降りてから杉山に会うまでの途中の記憶がない
12月21日杉山と会ったのは、栄橋を渡ったバス停のそばの橋のたもと。我孫子から6時47分の列車に乗って、7時5分着で布佐に下りたことは間違いないし、駅前通を一人で歩いて石段のところに青木年子がいて、石段を駆け上ったら、連れの二人連れの男に「元気いいな、兄貴」とひやかされたので、振り向いて「なんだ、この野郎」と言った。そのまま栄橋を渡って橋の袂で杉山に会ったことは間違いないが、我孫子の駅にどういう経路で行ったか覚えていない。我孫子で杉山と会ったかどうかも思い出せない
8月28日に我孫子の駅で桜井と会ったことから、こんどの事件を起こしたことは間違いない布佐駅を降りて駅前通りを歩いて栄橋に出る途中は武藤・沖田より自分の方が一歩先を歩いていたので、石段のところで後ろの二人に何が起きたか気がついていない。桜井とは橋を渡ってから、橋の袂で一緒になった

上記自白の変遷について
再審開始決定書(水戸地裁土浦支部)の判断

★我孫子駅や布佐駅から栄橋バス停の間での出来事は、Tさん殺しと直接関係したものではないし、特異な情景ではないから、記憶違いを訂正すること自体は不自然ではない。が、当初一致する供述をしながら、ほぼ同時期に同じ内容に変遷することは不自然である。また桜井については、いったん杉山自白と符合する具体的な供述をしているのに、その後次第に曖昧になっていく点も不自然である。
★10月17日付け加藤調書・10月23日付け高木調書によれば、捜査官は、遅くとも10月17日には加藤から事件当日桜井杉山に会っていないことを確認し、遅くとも10月23日には高木から事件当日に我孫子駅で杉山に声をかけたという供述を得た。
★以上から、捜査官は、10月15日桜井自白をもとに10月17日杉山自白を作ったものの、加藤が桜井杉山に会っていないことを確認すると、これに符合するように桜井杉山の自白を変遷させ、また高木から10月22日杉山自白の裏づけが取れると、これに符合するように桜井の自白を変遷させ、桜井と杉山の自白が一致するように誘導した可能性を否定できない。

変遷が起きるワケについては過去記事をお読みください。

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!桜井さん杉山さん以外は仮名です。事件当日杉山さんは、東京中野区野方でパチンコをしたり、新井薬師で映画を観たりしています。桜井さんは、高田馬場の居酒屋で一人で飲んだあと、野方でも飲んでいます。このアリバイをつぶすのに、いろんな人の証言が利用されます。我孫子駅や列車の中や石段での出来事をゴタゴタ書いていますが、これらの話に出てくる人たちは、のちにアリバイつぶしの目撃証言者となります。くわしくは、また別に「目撃証言の信用性」という項目で書きます。

!上記自白の変遷のうち、?録音テープ?となっている部分は、真理子の手元に録音テープがなく、録音テープで真理子が確認できないので、裁判所の資料を参考に書いたものです。




今回はここまで。次回は殺害方法の自白の変遷を見てみます。
 


自白の変遷 | 02:39 comments(0) | trackbacks(0) |メールはこちら
自白の変遷 ∋Τ温坩
 前回から自白の変遷の中味を見ています。前回同様、二人の自白は変遷著しく、「何を・どう」したのか最後まで分からないといっても過言ありません。また共犯者同士の自白が一致しているとも思えません。が、とにもかくにも確定判決は事実認定していますので、今回は、確定判決が認定した事実のうち、下記引用部分=Tさん宅八畳間でTさんを殺害するところの自白の変遷を扱います。長くなりますが、赤文字部分を拾って読むだけでも、変遷の様子がおおむねお分かりいただけるかと思います。
同人方8畳間において、両名がTを仰向けに押し倒し、杉山がその上に馬乗りになり、桜井が同所にあったタオル及びワイシャツでTの両足を緊縛し、両名がTの口の中に同所にあった布を押し込み、桜井が玉村の頸部に同所にあった布を巻きつけてその上から両手で喉を強く押して扼し……

確定判決事実認定要旨より)

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事件当時の新聞記事

他、参考図版

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自白の変遷
自白日
桜井自白(取手署)
杉山自白(水海道署)
10月15日
杉山は八畳間の入り口に立っていたTさんの顔を右手の拳固で一回殴って八畳間に入った。急いで八畳間に入って見たら、杉山がTさんを押入れの前あたりに仰向けに倒し、腹のあたりに馬乗りになって、体を押えていた杉山が「足、足」言うので、壁の釘に引っかかっていた白いワイシャツをはずして、倒れているTさんの左側に近づいて、中腰になって急いで、畳の上で暴れている両足を一緒にして、上から二回しして、上で縛った。その間、杉山は何か白っぽいものをTさんの口の中に入れていた。そうしたらTさんが苦しそうに体を動かしたり足を動かした。Tさんの上に馬乗りになっていた杉山がTさんの顔のあたりを拳固で殴ったら、Tさんは足がすくんで動かなくなった。Tさんが動かなくなったので、杉山も馬乗りになっていたのを降り、死んだTさんの右側に立った。そのとき杉山は右手か左手に、白っぽい切れのようなものを持っていた。
まだ逮捕されていません。
10月17日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。八畳間と四畳間の境の敷居のところで、桜井がTさんの胸倉をつかんで「貸せ貸せ」と押し問答していた。その様子を見て、すぐそばに行って、右足でTさんの下腹部を蹴飛ばし、胸倉をつかんでいた桜井が右拳でTさんの顔を2〜3回殴ったら、Tさんが仰向けに倒れた。Tさんが騒ぐので、Tさんの上に馬乗りになって、どっちかの手で口をふさいだ。桜井が布を手渡したので、口の中に押し込んだ。桜井は頭を押さえてくれた。こんどはTさんは足をバタバタさせたので、私は向きを変えて暴れる足を両手で押えたら、桜井が白っぽい大きな布で膝より下辺りを縛った。手を動かされては大変なので、また向きを変え、Tさんの両手を押えていると、桜井がTさんの喉のあたりを両手で押さえつけたら15分くらいで動かなくなった。             
10月18日
杉山がメガネをかけていたTさんの顔を右拳固で一回殴った。杉山はTさんを奥の座敷に押し込むようにして見えなくなった。Tさんの「人殺し」という大きな声が聞こえたので、板の間から奥の部屋へ入って行くと、Tさんは押入れの前あたりで、押入れの方に頭を向けて仰向けになっていた。杉山がTさんの腹のあたりに馬乗りになって、「足、足」言った。Tさんの倒れている左側の布団の脇に白っぽいタオルが一本あった。南側の柱の釘に白いワイシャツが一枚引っかかっていた。Tさんの左側に回って、タオルを持って両足を押さえつけながら、タオルのはじを左手に持って、右手で両足の上から一回下に回して上に持ってきて一回縛った。それでもTさんが足をバタバタさせるので、白いワイシャツのはじを左手に持って、右手を足の上から下に二回しして、足の上で一回縛った。私が足を縛っている間、杉山はTさんの口に何か白っぽいものをつめていた。足を縛ってからTさんの右側に回って、右足でTさんの太ももあたりを二度くらい蹴飛ばし、それからTさんの左腕の下あたりに両膝をついて、両手の掌を首のところに当てて、体をのし掛けるように力いっぱい押さえつけた。そのとき畳の床板が下がっていた。少し両手で首を押えているうちに、Tさんは動かなくなって死んでしまった
10月24日
杉山はTさんのところに近寄って、「なんだ、この野郎」と言いながら、拳固でTさんの顔を一回殴り、Tさんを座敷の中に押し込むように入って行った。板の間あたりにいると、「人殺し」と聞こえたので、座敷の入り口のところに行ったら、Tさんは押入れの前に、頭を押入れの方に向けて仰向けに倒れていた。杉山がTさんの腹の上に馬乗りになって、顔のあたりか胸のあたりを拳固で殴っていた。杉山が「足、足」言うんで、仰向けに倒れているTさん左側に両膝をついて、両手でTさんの両膝を押えて足を動かさないようにした。そのうちに杉山が「足だよ」と言うんで布団の脇に白いタオルと白いパンツがあって、柱に白いワイシャツがかかってたんで、Tさんの右側の方にまわって、畳の上に両膝をついて、タオルで足首のところを二重に回して上で一回縛った。立ち上がって、柱のワイシャツを外すころ、Tさんは声も出さなくなっていて、杉山は何か白っぽいものを口に押し込んでいた。タオルで縛ってもTさんが足を動かすので、ワイシャツを一回まわして二回しばった。それから足元に置いた白いパンツを持って、Tさんの左側に回って行きながら、Tさんの左側の太ももを右足で二回くらい蹴飛ばした。それからTさんの左腕の上のあたりに両膝をついて、パンツを首の右側に押しつけて首を締めようとしたら、回らないので首のところに当てたまま、両手のてのひらを首のところに当てて、体をのし掛けるようにして首を押さえつけた。膝も頭も下がるんで、床板が約10センチくらい下がっていると思った。そのうちにTさんは動かなくなった「なにー、この野郎」と言うと同時に桜井の後ろから左に回ってTさんのすぐ前に向かい合うようになった。右の利き足でTさんの下腹あたりを一回蹴飛ばしたら、Tさんは後ずさりして前かがみになったら、桜井がTさんの横面あたりを拳固で右と左から二回続けて殴った。そのときTさんのメガネがどこかに飛んで、Tさんはよろけて八畳間の隅に横向きに倒れた。Tさんが「助けてくれよ」と怒鳴ったので、私はTさんの上にまたがってTさんの体を仰向けにして、私の両足でTさんの両方の腕をはさむように押え、桜井が私の左側からTさんの頭の先のほうにまわってTさんの頭を押さえた。畳の上に白いパンツのようなものがあったので、私は右手でそれを拾って丸め、左手でTさんのアゴを引くようにして口を開かせ、丸めたパンツを押しこんで、声が出なくなるようにした。そうしたらTさんは足をバタバタさせて暴れたので、私は桜井に「足、しばっちゃえ」と言った。私はTさんの腕が、押えている私の足から外れないように体の向きをTさんの足のほうに変え、両手でTさんの両足を押えた。Tさんの頭を押さえていた桜井も立ち上がってTさんの足のほうに回り、何か白い布を持ってTさんの足首を二回くらい回してしばった。足首をしばり終えてもTさんが体を動かして暴れるので、私はまた体の向きを変え、Tさんの下腹あたりへおっかぶさるように両手でTさんの腕を押えて「早くしろ」と言ったら、桜井が私の左側に来てTさんの脇腹あたりを足で蹴飛ばしたあと、Tさんの胸のあたりにまたがって乗っかり、首をしめたようでした。私は桜井の後ろにいたので、桜井がどんふうにTさんの首をしめたのか分からなかったが、間もなくTさんの抵抗がなくなったので、「死んだんだな」と思って起き上がったら、桜井が汗を流しながらTさんの首を両手で力いっぱいしめ続けていたので、「止めろよ」と言って止めさせた。首には白いきれのようなものが置いてあった
10月31日
奥の部屋の入り口のところで、杉山がTさんの顔を左手か右手で一回なぐった。そのときTさんのメガネがどこかへ飛んだ。私は入り口に立っていたTさんの胸のあたりに両手のひらを押し当ててなだめながら、杉山に「そんなことしないで」と言いながら、Tさんを押し込んで私と杉山で座敷の入り口あたりに入って行った押入れの前あたりで私がTさんの左側に、杉山がTさんの右側に立った。Tさんが「警察に訴えてやる」と言ったら、杉山が拳固で一回Tさんの胸のあたりをなぐった。騒ぎになるとマズイと思って、外の様子を見に、いったん座敷から出て勝手口のところから通りの様子を見たら、誰も人は通っていなかったので、勝手口のガラス戸を閉め座敷に戻ったら、杉山がTさんの胸のあたりをつかまえて押し問答していた。私がTさんの左側から両手で足の太ももあたりをつかまえ、杉山が右側からTさんの胸のあたりを持って、二人でTさんを押入れの前あたりに押し倒した。そして杉山が右側から馬乗りになってTさんを押さえつけた。するとTさんが足をバタバタさせて暴れた。杉山が「足、足」言うんで、はじめはTさんの左側に両膝をついて<、両手でTさんの膝を押えていたが、それでもバタバタ足を動かすので、座敷の布団の脇にあった白いタオルと白い木綿のパンツと、南側の柱にかかっていた白いパンツを外して、まず靴下の上あたりの両足をタオルとワイシャツでしばった。
それからのことは前に話した通りです。
11月2日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。Tさんと桜井が八畳間へ入る所で押し問答していたので、私もかけ上がってTさんと向かい合った所でTさんを脅したあと、Tさんの下腹あたりを足で蹴飛ばした。同じ頃に桜井が前かがみになったTさんの横面をぶん殴ったのでTさんのメガネが飛んだ。どのへんに飛んだか分からないが、壊れたりはしなかったと思う。
11月3日
杉山は私がいる四畳間の真ん中あたりから私の左脇を通ってTさんに近寄り、八畳間の入り口のところに立っていたTさんの顔を拳固でなぐった。そのときTさんのメガネがどこかに落ちた。私はガラス戸を全部開けてTさんの胸のあたりに手を当てて、「そんなことしなくてもいいから」と杉山をなだめた。Tさんが怒って「警察に訴える」と言ったら、杉山がどっちかの手でTさんの胸のところを拳固で一回なぐった。杉山とTさんが押入れの前あたりで言い争っているとき、私はTさんの左側にいたが、騒ぎが大きくなったら大変と思って座敷から出て外の様子を見て、入り口(勝手口)のガラス戸を閉めた。部屋に戻ると杉山とTさんは押入れの前あたりで押し問答をしていた。
杉山がTさんの左側に、私が右側にいて、杉山がTさんの胸のあたりをつかまえたとき、私がTさんの膝のあたりに両手をかけて、杉山と二人でTさんを押入れの前のところにひっくり返した。そのとき私は倒れなかったが、杉山とTさんは一緒にドスンという大きい音を立ててひっくり返った。そのとき床板が落ちたんじゃないかと思う。そのときは落ちたことに気がつかなかったが、あとでTさんの首をしめたときに、体が前のめりになったので床が落ちていたことに気がついた
杉山はTさんの腹のあたりに馬乗りになって、Tさんが両足をバタバタ動かして暴れている体を押さえつけ、「足、足」言った。私はTさんの左側の膝のあたりに両膝をついて、両手でTさんの両足を押えた。それでもTさんが足をバタバタ動かすので、しばらなくちゃダメと思って立ち上がった。布団の脇にあった白いパンツと白いタオルを持って振り返ったら、柱に白いワイシャツが引っかかっていたのでそれでしばろうと思った。柱からワイシャツをはずしたとき、杉山は何か白っぽいものをTさんの口の中に押し込んでいた。Tさんの右側に両膝をついて、暴れているTさんの足首あたりを、タオルのはじを左手に持って右手でタオルを足の上から二重に回まわして上で一重しばりにした。タオルでしばってもTさんは足を動かして暴れるので、タオルでしばった足首の上のほうを、左手でシャツのはじを持って足の上から右手で一重に回して、足の上の方で二重にしばった。
足をしばってから立ち上がって白いパンツを持って、Tさんの足元の方からまたいでTさんの左側に回った。Tさんは足をしばっても足を動かすので、Tさんの太ももあたりを右足で二回けとばした。
そのとき杉山は、前向きにTさんの体の上に馬乗りになっていた。私がTさんの首をしめようとTさんの左腕の付け根あたりに両膝をついてしゃがんだとき、杉山はTさんの両腕を両手で押えていた。
私はパンツを首の右側に当てて、左手でパンツの葉所を持って回して首を絞めようとしたら、短くて回らないのでパンツはそのままにして、両手の手のひらを胸の上のあたりから首の上あたりに押し当てて、畳の床下が抜けているので、体が首の上にまるきり前こごみになっていたような状態でTさんの首を絞めた。私が両手をTさんの首に当てているとき、Tさんは真っ赤な顔をして、口に白っぽい布が詰まっていて苦しんでいた。杉山が体を押えていたので動かせなかった。そのうちTさんは動かなくなって死んでしまった。
録音テープ。
真理子の手元にないので確認できません。
12月13日
検察官調書
勝手口で雪駄(せった)を脱いで上がりこんで桜井の左側でTさんと向かい合った。Tさんは「お前らいくら来たって貸さないぞ。帰れ帰れ」と言いながら、オレの方に手を出してきたから胸を押された。私はTさんの下っ腹めがけて一回けとばした。Tさんが前かがみになったところを、桜井が横っ面を拳固で往復ビンタ喰わしたので、メガネが飛んだ。それでTさんは仰向けか横倒しかに倒れた。そして「助けてくれ」と怒鳴りだした。私はTさんの上に馬乗りになった。桜井がTさんの頭の方にまわってTさんの頭を押さえた。ちょうど私の右脇の方に白っぽい下着のようなものがあったので、それをつかんでTさんの口の中に押し込んだ。騒がれたら困ると思っので、私と桜井の二人でTさんのアゴを抑えるようにして口を開かせ、布を押し込んだのは私です。
声が出なくなるとTさんは足をバタつかせて暴れた。桜井が「足をしばっちゃうべか」と言い出したから、私は「しばっちゃえ」と言って、後ろ向きに変えて馬乗りになり、Tさんの足首を押えたところ、桜井がその辺から白っぽい布を見つけて足首を巻いてしばった。
私はまた体の向きを変えたが、Tさんはしばられたまま足をバタつかせるので、Tさんの足の上に体を乗せ、腹ばいの姿勢でTさんに重なってTさんの開いた両手を上から押さえつけた。桜井は私の頭の上をまたいだようで、私の頭のあたりで、桜井が「やっちゃおうか」と言い出したから、私は「早くしろ」と言った。
ものの五分経つか経たないうちに、Tさんの体の力が急に抜けたので顔を上げたら、桜井がまだTさんの喉を上から押えていた。Tさんの首に白っぽい布を巻いて両手で上から押えていた。桜井がいつまでもやっているから、私が「やめろ」と言ったら、桜井はやめたが、もうそのときはTさんは死んでしまったようだった。
12月19日
検察官調書
Tさんに近寄る途中、杉山が私の左側から抜けて前へ出た。Tさんが「お前ら来てもダメだぞ」と言ったら、杉山が怒り出してTさんの胸を押した。その場の様子から、杉山が本気でやりだして騒ぎになってはマズイと思って、「そんなふうにやらなくていいから」と、とめに入ったが、Tさんは怒ってしまって「警察に訴える」と言い出した。それで杉山が「おもしろいや。警察上等だ」と言い出した。どちらも大声だったので騒ぎが表に聞こえると思って、勝手口に戻って表の通りを見たら誰もいなかったので、大丈夫と思って戸を閉めた。
かん高い声で言い合っている中に戻ったら、八畳間の押入れの前で杉山が「うるせえこのやろう」と言いながら、Tさんの顔か胸のあたりをなぐったら、Tさんはよろよろと後ろにドスンと倒れながら、「何すんだ」と怒鳴って杉山にむしゃぶりつてきた。それを見た瞬間、私はTさんの足をつかんで仰向けにひっくり返し、倒すと同時に杉山がTさんの上に馬乗りになった。
杉山に「足、足」と言われ、私は「しばるんだな」と思ったから、倒れているTさんの右側の足元にあった白いタオルを取って振り向いたら、入り口に柱に白いワイシャツがかかっていたのでそれを取り、膝をついてTさんの両足をしばった。足のしばり具合は警察の調べで話した通り。足をしばり終えてTさんの頭の方にまわったら、杉山が「おう、おう」言うので、私はTさんの首絞めにかかった。両手で上から喉を押さえつけた。警察の調書では、パンツを使って絞めたがそれが回らなくて喉に当てて手で押えたとなっているが、それを使ったかどうかはっきりしなかった。Tさんの顔は見ていない。時間も分からない。ただ首しめて押さえたのは確かです。杉山はTさんの上に乗って、仰向けの体の両手を上から押えていた。Tさんが動かなくなってから、私と杉山は立ち上がった。その時はハッキリしなかったが、Tさんは死んでしまったと思った。
警察の調べでは、Tさんの下の床下が落ちているのに気がついていたと書いてあるが、それはそことを聞かれたとき、首をしめながら自分の体が少し前に下がったような気がしたのを思い出したのです。
12月21日
検察官調書
Tさんの首をしめたときには、もうメガネをかけていなかったのを覚えているが、メガネがいつなくなったのかはハッキリしない。自分と杉山の二人がかりでTさんを倒したり足をしばったりしたことは間違いない。自分が足をしばるころからTさんの声は出ていない。その前に「人殺し」とTさんが叫んだのは確か。
足はタオルで二巻きにしてしばったが、ワイシャツは下を通すのに回しづらくて一巻きでしばった。そのあとTさんの頭の方にまわって首をしめた。
検察官調書
自分がまずTさんの下っ腹を蹴飛ばして、桜井が顔をなぐった。中の畳の部屋に倒れたTさんの上に馬乗りになったときには、Tさんはメガネをしていなかった。足をしばったのはTさんが足をバタバタやって暴れたから。しばるとき、自分は馬乗りの向きを変え、Tさんの両手を両足で押さえ、上に折り重なって両手でTさんの足を押さえつけて、桜井が足をしばるのを手伝った。タオルとワイシャツの二つを使ってしばった。足をしばったり、馬乗りになって上から押さえつけ、桜井がTさんの首をしめてしまったのは、そこでやっているうちにだんだん深みにはまってしまったからです。 

上記自白の変遷について
再審開始決定書(水戸地裁土浦支部)の判断

★殺害行為に関する供述は、二人でTさんを殺したという点においては一致一貫しているものの、具体的なことになると、看過し得ない変遷が見られる。
★Tさんが八畳間の押入れ前の畳の落ちたところで死んでいたこと、口の中にパンツが押し込まれていたこと、足首にはタオルが二巻きに巻かれ一重に結び、その上方をワイシャツで一巻きに巻いてこま結びに結んであったこと、医師によって絞殺ならびに口の中の衣類による窒息死と死因が推定されていたこと、四畳間の西側に黒縁メガネが放置してあったこと……などは、桜井杉山の逮捕以前に明らかになっていた客観的事実である。
★二人が真犯人であるなら、殺害状況を具体的合理的に説明できるはずなのに、二人の自白は、特に桜井の自白は詳細な供述が曖昧になったり、曖昧な供述が詳細になったり変遷が著しく、供述変遷の理由も説明されていない。例えば暴行状況について、当初ほとんど供述していなかったのに、次第に激しい格闘があったようになり、最終的には二人でTさんをひっくり返して杉山も転倒したとなった。それが一転して桜井一人でひっくり返したようになるが、すぐまた二人がかりで倒したと変遷していて、これらの変遷に合理的な説明がなされていない。 
 他方、杉山の自白は、当初の自白内容から桜井ほどの変遷はないもの、桜井自白と符合する形で変遷している。例えば、桜井がTさんの足をしばったものをずっと「白い布」としていたのが、突然「ワイシャツとタオル」と特定していて、この変遷理由も説明されていない。
★以上から、供述変遷として不自然・不合理であり、捜査官による誘導に迎合して供述されたものという疑いを払拭できない。

変遷が起きるワケについては過去記事をお読みください。 

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!録音テープについて、前回は裁判所の資料を参考に書きましたが、テープが真理子の手元になく確認できないので、今回は書きませんでした。しかし自白調書に書かれているものだけでも、著しい変遷の様子・共犯者間の供述の不一致は十分読めると思います。


今回はここまで。次回は、金品奪取・分配部分の自白の変遷を扱います。


自白の変遷 | 00:32 comments(0) | trackbacks(0) |メールはこちら
自白の変遷 6睇蔽ゼ茵κ配
自白の変遷の3回目です。
今回は前回以上に長いです。赤文字部分を拾って読むだけでも、変遷の様子がお分かりいただけると思うのですが、赤文字部分が多いので、結局全部読むことになってしまうかもしれません。
これまで同様、二人の自白は変遷が多いし、た共犯者同士の供述が一致しているとも思えませんが、とにもかくにも確定判決は事実認定しているので、今回は下記引用部分=金品奪取と分配について扱います。
桜井が同室内のロッカーの中からT所有の現金約7000円を、杉山が同室内押し入れの中からT所有の現金約10万円をそれぞれ取得し、もってこれを強取したものである。

確定判決事実認定要旨より)

 



大きい地図のほうが見やすいです。
←クリック
 
 



 
検証調書添付写真:左上=八畳間の机。右上=八畳間のロッカー。
下=Vの字に落ち込んだ死体の下の床下。


 

(ガラス戸実験用に、大映スタジオに再現された被害者宅の様子:真理子撮影)



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自白の変遷 6睇蔽ゼ茵κ配
自白日
桜井自白(取手署)
杉山自白(水海道署)
10月15日
死んだTさんの姿を見て膝ががたがたしていたが元気を取り戻して、部屋の中は何も探さず、急いで勝手口で靴を履いて庭先に出て玄関の前あたりに来た頃、部屋の中からごううん」と、何か倒れたような割れたような音が聞こえた。それから急いで大きい道を横切って…杉山があとからかけてきて一緒になった。栄橋手前あたりから土手に上る途中で、杉山が白っぽい布の財布を見せた。千円札二枚、ばら銭で900円くらいと、百円札二枚くらい入っていて、杉山が「これだけしかないや」と言った。布佐駅から電車に乗って我孫子で常磐線に乗り換え柏に行く途中、電車内で杉山が千円札一枚をくれた。自分だけ柏で降りた。まだ逮捕されていません。
10月17日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。畳の下から幅18臓横10造瞭鵑沈泙蠅旅い財布の入った白いボール箱を見つけた。財布の中には、一万円札、千円札で約10万円くらいあった。その他机やタンスは見なかった。桜井はタンスやそのほかを物色していた。たんまり金が入ったから逃げようと……。
栄橋の入り口から5辰らい手前で土手を下りて利根川のほとりまで行って、箱と財布は川の中に捨てた。箱を捨ててから土手に上がり始めてから中段あたりで、盗ってきた金を適当に半分に分けて桜井に渡した。そのとき桜井はタンスなどから探した、くちゃくちゃになった千円札二万円くらい持っていた
10月18日
関脇のロッカーを2つ物色しようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。八畳間に戻ると杉山は、Tさんの頭の前にある押入れの下についている引き出しをガタガタやっていた。私は部屋の入り口のすぐ左側の片開きロッカーの中から1万円札で6万円取ってズボンのポケットに入れた。その頃杉山は、押入れの下に取り付けてある箱から縦5〜6臓Σ10造らいの白い紙包みを取り出してズボンのポケットに入れていた。
寿司屋の脇あたりに来た頃、杉山がズボンのポケットから紙包みを取り出して、「一万円札10万円くらいじゃないか」と言って私に見せました。私はズボンのポケットに入れておいた一万円札を取り出して、「オレは6万円くらいだ」と言って杉山に見せた。寿司屋の脇から利根川の土手に上るあたりで杉山がズボンのポケットから、縦15センチ、横10造らいの白い三つ折りの布の財布を取り出し、千円札3枚・百円札2〜3枚・百円銀貨7〜8枚を出して見せ、3100〜3300円をズボンの左ポケットに入れました。
10月20日
布佐駅で電車に乗って我孫子で常磐線に乗り換えた。自分だけ柏で降りたが、柏に着く前に杉山が千円札を一枚くれた。杉山に分けてもらったのはこの千円札一枚だけ
10月24日
四畳間の北側のロッカー二つを物色しようと思ったが扉が開かなかった八畳間に戻ると、杉山がしゃがんで押入れの北側の下の段の方を探していて、。30造らいの箱をいじっていた
八畳間南側の机の真ん中の引き出しの手前に、茶色い二つ折り皮財布があった。札は入ってなくて、5円玉か10円玉が5〜6枚ロッカーの手前の布団の上に落ちたが、拾わなかった。机の隣にロッカーが2つ重なってあって、その下の方のロッカーの真ん中の段に千円札7枚があったのを見つけた。もう少し上の段を探そうと思ったとき、杉山が「やばいやばい」と言ったのでやめた。そのとき杉山が押入れの前で縦5〜6臓Σ15〜6造稜鬚辰櫃せ由僂せ翳颪澆鮟个靴道ったのが見えた。
寿司屋の脇あたりで杉山がポケットから縦5〜6臓Σ15〜6造らいの白っぽい紙包みを出して、包みのはじを半分くらい破いた。上に一万円札が見えた。10万円くらいあるように見えた。私もズボンの左ポケットに入れてきたくちゃくちゃの
札を全部取り出して見せた。千円札七枚7000円だった。
:桜井君、キミは前に奪った金は6万円だといったことはどんなつもりか。
:杉山がいっぱい奪ったのに俺が少ないんでおかしく思われると思ったからうそを言ったのであります。私が奪った金は7000円が正しいのであります。
土手を歩いていく途中で、杉山は縦17〜8臓Σ10造らいの白っぽい布の三つ折財財布から、千円札二枚と百円札2〜3枚、百円銀貨7〜8枚を出して見せた。栄橋手前の土手の上で、杉山は一万円札3枚3万円を分けてくれた。栄橋を渡っていく途中、杉山は財布と白っぽい紙を一緒に丸めて川の下流に投げた。電車の中で、柏で下りる間近に杉山は千円札一枚をくれた
最初に押入れの下の段の布団を引っ張り出したら、布団の間から、縦10臓Σ18造らいに折りたたんだ新聞紙があって、その中から黒い厚い布の二つ折り財布が出てきた。中には一万円札が3枚と千円札を10枚ずつまとめたものが7つくらい折らずに入っていて、全部で10万円だなと思った。タンスほうを探していた桜井に「おお、これ」と言いながら見せ、自分の胴巻きの中にしまった
10月26日
橋のたもとのすぐ手前まで行ったとき、私は土手を駆け下り、道のところで胴巻きの中に突っ込んだ新聞包みと財布を取り出して中味の札(10万円)だけにし、新聞紙と財布を一緒に丸めて川へ投げた。布佐駅から電車に乗って、二つ目の湖北で桜井と二人になったとき、私は胴巻きから10万円を出して数えて見せた。桜井はズボンの右ポケットから、くしゃくしゃの千円札を出して見せた。私が見たところ全部千円札のようで20枚くらいだった。私は、一万円札一枚と千円札を10枚ずつにをまとめたのを3万円、あわせて4万円を桜井に渡した。桜井はズボンのポケットから出したほかにも、シャツの下の胴巻きの中が、かなり厚ぼったい札束でも突っ込んだようにふくれて見えたから、私に隠してるんだなぁと思ったが、けんかするのも馬鹿らしいので黙っていた
10月27日
10月18日と10月20日の調べのときに、「ロッカーから6万円奪った」と、金のことでウソを言ったのは、杉山が10万円くらい奪ったのに、自分だけ少なく言ったら信用されないと思ったから。私が杉山に財布を見せられたのは、寿司屋の脇から土手へ上がる途中で、財布の大きさは横10臓縦20造らいで、色は白っぽかった。私が杉山から金を分けてもらったのは、栄橋のたもとの一回だけで、以前、柏に着く前の電車の中で、杉山から千円分けてもらったとウソを言ったのは、一万円札で6万円奪ったとウソを言って千円札がないので、分けてもらったというウソを言いました。栄橋のたもとで杉山から分けてもらったとき、左手で受け取って、よく数えないでズボンのポケットに入れた。札の重なり具合から3万円だと思ったが、翌朝数えたら、一万円札3枚と千円札1枚の3万1千円だった。自分が奪ったのは千円札7枚。
10月29日
押入れのカーテンを右から左へ引っ張って開けて、右側の下段の布団を引っ張り出したら、布団の間から新聞紙に包んだ黒い布の財布を見つけた。最初の頃の調べで、奪った10万円を栄橋を渡る手前の土手から下りたあたりで桜井に半分分けたと言ったのは間違い
10月30日
寿司屋の脇あたりで杉山に追いついた。杉山がポケットから縦15臓Σ5〜6臓Ωさ1造らいの白い紙包みを取り出して、ヘリを破いて「オレはこれだ」と言って見せた。一万円札があるなと分かった。私はズボンのポケットから千円札を出して「俺はこれだ」と見せた。土手へ上がる途中、杉山は白い布の財布から千円札2枚・百円札2〜3枚・百円銀貨7〜8枚を取り出して見せた。10月15日・10月20日・10月24日・10月27日の調べのときに、栄橋手前あたりで杉山から金を分けてもらったとウソをつきました。また分けてもらった金は3万1千円だとウソを言いました。布佐駅で電車に乗って、二つ目の湖北あたりで杉山から、千円札で3万円と一万円札1枚の、4万円を分けてもらった。翌朝数えたら、千円札31枚と一万円札1枚だった。私が奪ったのは千円札7枚。10月27日の調べで、杉山から分けてもらったのは一万円札が3枚と言ったのは、細かいことは言うなと杉山に言われていたので本当のことが言えなかった。
10月31日
Tさんを殺したあと、Tさんの体の左側が下になるようにTさんの体を動かした。そのときTさんの尻のポケットから白っぽい布の財布のようなものが2〜3cmくらい出ていた。その財布を抜き取って、自分のズボンの左ポケットに入れた。以前の調べで、この財布を寿司屋の前あたりで杉山に見せられたと言ったのはウソ。食い違った話をしていれば、裁判でも言い逃れができると思ったからウソをついた。バス通りを横切って土手へ出る途中で、ズボンの左ポケットから財布を取り出した。中には、千円札2枚・百円札2〜3枚・百円銀貨7〜8枚、全部で3000円くらい入っていた。杉山は自分より少し先を歩いていたので、この財布や金は杉山は見ていない。金を調べると、金はズボンの左ポケットに入れ、財布は丸めて栄橋を渡ったとき、川へ捨てた逃げる途中、橋のたもとまで来たとき、胴巻きの中へ突っ込んでおいた新聞紙の包みの財布を捨てた方がいいと思って、橋の手前から堤防を川のほうへ駆け下りて、利根川の方へ投げた。桜井は歩くのが自分より遅くて、財布を川へ投げたあと、堤防を中断まで上がったところに桜井が下りてきた。そこで財布から取り出した札を桜井に見せた。布佐駅で電車に乗って湖北駅を過ぎた頃、桜井と二人だけになった。胴巻きに突っ込んだ金を取り出して、桜井に見えるように数えた。千円札を9枚重ねて別の千円札一枚でまとめるように押えたのが7つと、一万円札が3枚だったので、私が取ったのは10万円なんだなと私も桜井も同時に分かった。桜井はズボンの右ポケットから千円札を重ねて四つ折にしたのを取り出した。千円札ばかりで20枚くらいだった。桜井は「俺はこれだけ」と言ったが、ズボンのポケットには百円玉だか何だか知らないが、ジャラジャラさせてたし、シャツの内側を札束でも入れておくように3造らいの厚さにふくらませていたのをTさんの家にいたときから見ていたが、人殺しをしたすぐあとでケンカになってもしようがないと思って、桜井が見せたのが2万円なら、私が取った10万とで12万円になるから、半分分けで6万ずつにすればよいと考え、千円札10枚をまとめたのを3つで3万円と、一万円札1枚を渡した。桜井はその4万円をズボンのポケットに入れた。
11月2日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。Tさんを殺したあと、最初にカーテンのかかった押入れの中を探し始めた。金を探し始めたのは桜井の方が早くて、桜井はTさんのズボンのポケットを探っていた。また私が押入れの中を探す前に桜井は八畳間の西側の方を探し始めた。
11月3日
Tさんのズボンの尻ポケットの上に、白っぽい物が3〜4造らい出ていた。財布と思って抜き取ったら布の財布だったので、自分のズボンの左ポケットに入れた。杉山が気がついたかどうか分からない。それから私は金を探そうと思って、八畳間から四畳間に出た。四畳間にロッカーが2つ並んでいるのを物色したが、ハンドルが回らなかったので八畳間に戻った。八畳間に戻ると、杉山は押入れの下の段の箱のようなものを探していた。最初の頃の調べで、10万円があった場所は、Tさんの頭に近い畳の下の白い段ボール箱と言ったのは、興奮していたのと、Tさんが一人暮らしなので、金の置き場所など細かいことを思い出さなくても、いい加減なことを言ってれば済むと思ったから。そういう適当な話をしてしまったので、畳の下から取った金の入ったボール箱を、栄橋の橋のたもとから堤防を駆け下りて利根川へ投げたと言ってしまった。本当は、新聞紙と財布を一緒に丸めたものを投げた。

録音テープもあるようですが、録音テープは真理子の手元にないので確認できません。 
12月13日
検察官調書
桜井が先に部屋のそこいらで何か見つけ始めた。私は押入れのカーテンを右から左に開けたら中は二段になっていた。私は右側を探し、布団が重ねてあったが、それを引っ張り出さずに上から順にめくっていったら、下から二番目くらいの布団の間から、薄い新聞包みが出てきた。開いてみたら、黒っぽい二つ折りの札入れがあって、中に千円札が50枚以上あったように見えた。桜井に声をかけ、札入れを見せたら、タンスのあたりを探していた桜井が振り返ってこっちを見たが、また探し出した。私は札入れを新聞紙に包み直して胴巻きにしまった。栄橋のたもとに着いてから、私は桜井に「ちょっと行ってくるから」と声をかけ、土手を下りて利根川の水際から10〜15端蠢阿芭ち止まり、胴巻きから札入れを取り出し、財布から札だけ全部引き抜いて胴巻きにしまい、空の札入れを新聞紙にくるみなおして丸め、川の中に投げた。布佐から電車に乗った車内で、桜井と二人で取ってきた金を出し合った。私は一万円札3枚・千円札70枚で10万円。桜井はズボンのポケットから千円札ばかりで2万円くらいだった。合わせて12万円なので、半分けの不足の4万円分を、一万円札1枚・千円札30枚数えて桜井に渡した。
検察官調書
桜井はTさんの体に障っていたようだから、Tさんのズボンのポケットに何かあったか気づいたかもしれないが、桜井が何をしていたのかはっきりしない。
検察官調書
桜井が部屋の中をガタガタ探し始め、私も探し始めて15分から20分くらいで、私が新聞包みの札入れを見つけ、「早くしろ」と桜井に声を掛けた。
12月19日
検察官調書
金を探そうと思って、まず板の間の玄関口のロッカーに行った。大ロッカーが二つあったが、両方とも開かなかったので畳の部屋に戻った。そのとき杉山は押入れの前にかがんで何か探していた。自分は机の引き出しを探し出した。真ん中の横幅の広い引き出しに茶色の皮の財布があって、開けたら何かが足元に落ちた。ばら銭だったとぼんやり覚えている。机の左の二つに積み重ねたロッカーの、上のロッカーには金はなかった。下のロッカーの書類の間に、千円札ばかりがむき出しで何枚かあった。数えもしないでズボンのポケットに入れた。東京中野区の兄貴のアパートで数えたら、千円札ばかりで7千円だった。逃げる途中、寿司屋の前で杉山に追いついたら、杉山は紙包みを破って見せた。一万円札が見えた。私はズボンのポケットにしまった金を杉山に見せた。布佐駅で電車に乗って湖北駅に着く前あたりで、杉山が金をよこした。一万円札だけ見えた。数えないでもらった。兄貴の部屋で数えたら、一万円札3枚と千円札10枚で4万円だった。span>
12月21日
検察官調書
玄関前の大きなロッカーが二つとも開かないので、畳の部屋に戻ったとき杉山は、押入れのカーテンを開けて、中の布団を引っ張り出さずに、下の方をしゃがんでめくるようにして見ていた。
検察官調書
逃げる途中、栄橋を渡る途中で、少し遅れてきた桜井が、何か白っぽい物を川へ投げ捨てた。自分にはそれがチリ紙のように見えた
12月23日
検察官調書
押入れの布団の間から現金を探し出したのは、自分自身に、押入れの布団の間や畳の下に金を隠す癖が自分にあるから、それで探した。そうしたら出てきた。
12月25日
検察官調書
逃げる途中の列車内、湖北駅あたりで、杉山から4万円分けてもらったとき、私は自分が盗った金を杉山に見せていない。お互いが盗った金を見せ合ったのは、栄橋手前の寿司屋のところ。また白い三つ折財布を、Tさんのズボンのポケットから盗ったと一度しゃべってしまったし、杉山は知らないから何も答えられないだろうと思って何度も言い直した
検察官調書
逃げる途中、湖北駅あたりの列車の中で、桜井に金を渡す際、桜井が見せたのは2万円だと言ったのは、自分にはそう見えたから。桜井が7千円だと言ってるなら、自分には分からないからそれ以上のことは言えない。


上記自白の変遷について
再審開始決定書(水戸地裁土浦支部)の判断

★Tさんの死体が発見された8月30日の現場検証と、この現場検証に立ち会ったTさんの親戚から、八畳間のロッカーや机の引き出しなどが物色されていること、八畳間の押入れの床下には中が空の木箱があったこと、Tさんが使っていた布製の三つ折財布が見当たらないことなどの情報を、桜井杉山の逮捕以前から捜査官は得ていた。
★11月15日に捜査官は、利根川の河原で杉山立会いのもとに、投げ捨てたとされる財布を捜したが、結局発見されなかった。
★白い財布に関する桜井自白は、当初杉山が取ったとしながら、杉山自白に合わせるように自分が取ったと変え、最終的には自分も取っていないと変えた。一方杉山自白では、自分が白い財布と取ったと一度も言っておらず、当初から、桜井がTさんのズボンを物色していたと言っていたが、桜井が白い財布を取ったことを否定すると、「桜井はTさんの体に触っていたようだから、Tさんのズボンのポケットに何かあったか気づいたかもしれないが、桜井が何をしていたのかはっきりしない」と供述を曖昧にしている。
★押入れから布団を引っ張り出したという供述は、押入れの前は床が落ち込んでいて、段ボール箱などがあり、押入れの中の布団は折りたたまれていて引き出された形跡がないことなどの客観的事実と矛盾する。
★桜井自白では自白の変遷理由を裁判対策などとしているが、合理的な理由とは言えない。杉山自白では理由もなく変遷している。
★以上のように、不自然不合理な変遷が認められる以上、二人の供述態度や取り調べ状況は等は、二人の自白全体の信用性を判断するに当たって考慮せざるを得ず、二人の自白は、捜査官の誘導に対する迎合供述との疑いが強い。


変遷が起きるワケについては
「捜査官の誘導に対する迎合供述とは?」をお読みください。



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今回はここまでです。次回は、偽装工作についての自白の変遷を扱います。


自白の変遷 | 13:10 comments(2) | trackbacks(0) |メールはこちら
自白の変遷 す作行為
自白の変遷の4回目です。今回は、工作行為の自白の変遷を扱います。
自白によれば、桜井さん杉山さんはTさんを殺した後、あるいは金を取った後、Tさん宅からすぐに逃げたのではなく、バレないようにとか理由はいろいろありますが、工作行為をしたことになっています。この工作行為については、確定判決事実認定要旨に書いてありませんが、自白の変遷=信用性を問う意味では大事な部分です。
長くなりますが、赤文字部分を拾って読むだけでも、変遷の様子がお分かりいただけるかと思います。


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検証調書添付被害者宅見取図

(ガラス戸実験用に、大映スタジオに再現された被害者宅の様子:真理子撮影)

クリック→ 他、参考図版 ←クリック

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自白の変遷 す作行為
自白日
桜井自白(取手署)
杉山自白(水海道署)
10月15日
勝手口から入ってTさんを殺して、Tさんが死んだのを見て膝がガタガタしてきたが、元気を取り戻して何も探さないで、急いで勝手口から庭先に出た。偽装工作はしていない。まだ逮捕されていません。
10月17日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。Tさんを殺したあと、死んだ人間の顔を見ながら金を探すのがイヤだから、室内を見たら掛け布団があったので、それをTさんの頭が少し出る程度にTさんの上に桜井と二人で掛けた。
金を取って外に出ようとしたら、「俺は裏から出る。俺の靴を裏に回してくれ。そうすれば犯人は窓から入ったように偽装できる」と桜井が言った。最初入った勝手口から外へ出たら、桜井がガラス戸を閉めた。Tさん宅の裏庭の窓下に桜井の靴を置いた。真っ直ぐ県道に出た。
10月24日
Tさんに見られているよう気がしてイヤなので、布団を掛けようと思った。杉山は仰向けのTさんの上に馬乗りになっていた。八畳間の北側から敷布団を持ってきたとき、杉山はTさんの腹のあたりから下りていた。Tさんの体は左腕を下に横向きになっていた(横向きにしたのは杉山という意味)。敷き布団を杉山と二人でTさんの腰のほうに掛けた。顔から腹のあたりには毛布を掛けた。金を取った後、板の間あたりまで来たとき、杉山が「誰かがやったようにしなくちゃ」と言ったので、外に出て、庭の玄関あたりまできたとき、家の中から「ごうん!」という何かが割れるような音がした。桜井が「寝せたようにしとくか」と言ったから、部屋にあった掛け布団をTさんの足のほうに投げ、毛布をTさんのほうに投げた。その間、桜井はTさんのズボンのポケットをいじっていた。寝せたようにするのに、桜井が足から腰のあたりを持ち、私が方から頭を持って横向きに転がし、桜井が最初緒倒れたところに毛布敷くようにしたが、あわてて平らに敷けないまま、前と同じように私がTさんの肩あたりを持ち、桜井が足の方を向くように転がした。そのあと二人で敷布団を持ち、Tさんの上にかぶせた。死んだTさんの顔を見るのが気味悪かったから、顔のところは全部かぶせた。私が「ヤバイから早くしろ」と言ったら、桜井が「あとから行くから、俺の靴、裏の方へ持ってって」と言うので、私だけ先に出て、桜井の靴を持って裏庭に回ったら、桜井が中から「ここだ、ここだ」と声を掛けた。地面から150造らいの高さの窓下に桜井の靴を置いて道路へ出ようとしたときは、私が開けっ放しにした勝手口のガラス戸は閉まっていた。
10月26日
杉山が「誰かやったようにしなくちゃなんねい」と言ったので、便所から入ったように見せかけようと思った。便所の東側の、私の胸より少し高い高さのところに、縦40族7〜80造らいのガラス窓が取り付けてあったので、ここから逃げ出して、誰か入ったように見せかけようと思った。ガラス窓を右側(南側)の方に開けて見ると、外側に桟(さん)が二本打ってあったので、それを外してそこから出た。靴下のまま地面に下り、勝手口の踏み石の上の靴をはいた。室内の杉山に声を掛けてから玄関前に来たとき、室内から「ごうん!」という音が聞こえた。私が「ヤバイから早くしろ」と言ったら桜井が、「俺の靴を裏に回しておけ」と言ったので、自分が先に勝手口から外へ出た。桜井の靴を持って裏に回ったら、中から「ここだ、ここだ。そこで見ててくれ」という声が聞こえた。私は一刻も早く現場から離れたかったので、見張りなどせず、窓の桜井の靴をぶん投げて、庭から道路へ出た。そのころ家の中から、ガターン、バシーンという音が聞こえた。
10月28日
便所に入って窓を開けてみたら、桟が二本打ってあった。桟の上の方がはずれ、まだ下のほうがくっついているとき、部屋のほうから「ごうん!」「ガチャン」という音が聞こえた。便所の中から顔を出して板の間の杉山に「どうしたんだ」と聞いたが、杉山は答えずに「靴、回そうか」と言うんで、「回してくれ」と言った。便所の窓の桟をはずしていたとき、便所の外で杉山が「靴、ここに置いておくから」と言った。桟を外に落として、そこから外へ出て、置いてあった靴を持って地面を2〜3歩歩いてから靴を履いた。
10月29日
四畳間のの真ん中に逃げたとき、杉山が八畳間の入り口あたりで、「なんとかしなくちゃなんない」と言った。意味が分からなかったので、四畳間に戻った。私が「誰か裏から入ったようにするから」と言うと、杉山は八畳間の東側に立ってガラス戸を少し私のほうに(四畳間側に)押して、敷居の上のガラス戸を内側から蹴飛ばした。私が外側のガラス戸の真ん中あたりを両手で持っていたとき、杉山がガラス戸の下の方を蹴飛ばしたら、ガラスが割れて八畳間側へ落ちた。杉山がガラス戸を外しているとき、私も西側の敷居の上で外側のガラス戸の高さ1辰らいの端のほうに両手を掛けて、二人で外側のガラス戸を外した。ガラス戸が外れると杉山は手を離し、自分ひとりで右手をガラス戸の下の方に持ち替えて、柱の手前の何かに寄り掛けるように横に倒した。それから私は「裏から誰か入ったようにするから」と言って便所に入り、窓の桟を外しにかかっているとき、部屋から「ごうー、がちゃん」という音が聞こえたので便所の戸を開けて見て、板の間にいた杉山に「どうした」と聞いたが返事はなかった。私が杉山に「靴を持って行ってくれ」と言ったら、杉山が「おう」と言ったので、また便所の桟を外しにかかり、一本外して下に落とした。二本目を外しているとき、便所の外から杉山が「靴、ここに置いておくから」と言った。二本目の桟も外して下に落とした。この便所の窓から外へ出た。靴下のまま降りたあたりに靴が置いてあった。靴を持って2〜3歩歩いてから靴を履いた。出入り口の踏み石に上がってガラス戸を開けたら、中の電気はついていたが、杉山に声を掛けても返事はなかった。Tさんを殺したあと、夜中に泥棒が入ってTさんが寝ているところを殺したように見せかけるため、タンスの手前に敷いてあった毛布を死体の下に敷いたり、敷布団をかぶせたりした。財布を見つけてから、桜井に「ヤバイから早くしろ」と言ったのだが、桜井が「誰かが入ったようにしとくから」と、八畳間の境の二枚のガラス戸を外そうとしたので私も手伝った。桜井をガラス戸の西側の敷居の上に立たせ、私はその反対側の東側に立って、ガラス戸を二枚重ねたまま、自分の体が入るくらいガラス戸を西側に寄せて、二人で両方から南側の一枚だけ持ち上げ、私が下の方を蹴飛ばしたら、上の方のガラスが二枚音を立てて割れて畳に落ちた。無理に表へ引っ張ったら、上と下が外れたので表側へ倒して、足元にガラスの破片が落ちていて危ないと思って手を放した。外した一枚はそのあと桜井が寄せたと思う。そのあと桜井が「俺の靴を裏へ回してくれ。窓から入ったようにするから」と言ったので、勝手口から外へ出て、勝手口のガラス戸を閉め、桜井の靴を持って東側の庭へ回ったら、窓のところで桜井が「ここだ、ここだ」と言ったので、その下に靴を投げるようにして、表の庭から道路へ急いで出た。私が表へ出て桜井の靴を裏へ回して逃げたとき、家の中でガタアン、ガシャーンという大きな音がした。桜井はまだ家の中にいたはず。
10月31日
警察調書
Tさんを殺して二人で別々に金を奪ってから、前回から話しているような方法で、八畳間のガラス戸を1枚外した。もう一枚は杉山が外すと思ったので、裏から入ったように見せかけるため、便所の桟を外しにかかった。
警察調書
Tさんを殺してから、杉山がTさんの肩のあたりを持ち、私が足を持って、(タンスの前の)布団の上にTさんを運んで寝かそうと思った。が、Tさんが重くて持ち上がらなかったので、横向きに転がした。
Tさんの家から逃げ出したのは桜井より自分のほうが先。八畳間の境のガラス戸2枚のうち表の一枚は桜井と二人で外したが、残りの一枚は立っているときに家を出たように覚えている。
11月2日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。寝ているところに泥棒が入ったと見せかけるため、Tさんの体の下に敷布団を敷いて、毛布と掛布団は上からかぶせるつもりだったが、あわてていたので、毛布は畳の上に敷くようにして平らに広げられなかったし、敷布団をTさんの上にかぶせ、掛布団はTさんの足元に投げたままになった。
私が外へ出ようとしたとき、桜井はまだ便所の方へは行かないで、ガラス戸を外したあたりに立っていた。
11月3日
私は両手をTさんの両膝のところに当て、杉山はTさんの肩の辺りを持って、杉山と二人でTさんを布団の上に持っていこうとしたが、持ち上がらなかったので、運ぶのをやめて、Tさんの体を横向きに転がした。Tさんに見られているような気がしたので、布団をかぶせようと考え、タンスの前あたりの布団をかぶせた。録音テープ。真理子の手元にないので、確認できません。
12月13日
検察官調書
桜井が「寝てたようにしておくか」と言い出して、部屋に敷いてあった布団を取りに行って、毛布をTさんのすぐ脇にいた桜井にぶん投げてから、今度は二人で敷布団なんかをTさんの上にかけた。桜井が泥棒でも入ったように見せかけるため、ガラス戸を外しにかかった。桜井と二人で二枚重なっているガラス戸の四畳間側のガラス戸を持ち上げたが外れなかったので、戸の下を蹴ったらガラスが二枚割れて落ち、戸が外れた。「あとは俺がやるから靴を裏のほうへ持って行って」と言ったので、勝手口から外へ出て靴を裏に持って行った。裏から戻って表の通りに出る手前で、家の中からバリンとかガチャンという物音が聞こえ、桜井がそこらを散らかして暴れたように見せかけようとしていると思った。

検察官調書
ガラス戸を外しにかかったのは桜井の方が先で、なかなか外れないので手伝った。桜井が八畳間に向かって右側に立ち、私が左側の敷居をまたいで立ち、二枚合わせたままで四畳間側の1枚を持ち上げて外そうとしたが、なかなか外れなかったので、ガラス戸の下の足元辺りを四畳間側に向かって一回蹴飛ばしたらガラスが割れて落ちた。「あとのことは俺がやるから、靴を裏に持って行って」と桜井が言うので、ガラス戸から手を放し、上がり口から外へ出た。四畳間側の扇風機には気づかなかった。仰向けのTさんに毛布を掛けた後、桜井がTさんの体を動かしていたから、体の向きが変わったかもしれない。
 君と桜井の二人でおやじの体を持ち上げ運ぼうとしたか。
 していません。
12月19日
検察官調書
自分はTさんの足を持ち、杉山は体の方を持ったけれども、持ち上がらなかったから布団をかぶせた。だからTさんの体を動かしたのは事実だが、体の向きまでは覚えていない。布団を掛けたのは事実だが、毛布を掛けたかどうかは覚えていない。杉山が「なんとかしなくちゃ」と言い出したから、私は「誰かが裏から入ったようにするから」と言ったら、杉山が「おお」と言ってガラス戸を蹴ったので、外しにかかったと思った。私はそれを手伝ってガラス戸を一枚外し、柱か何かに立てかけた。もう一枚を杉山がガタガタやっているのを聞きながら、裏から入ったようにしようと便所に入った。なんでガラス戸を外しにかかったのかは、杉山に聞いてもらわないと私には分からない。私は便所の桟を外しにかかった。部屋の方でガチャンという音がしたので、杉山に声を掛けたが返事はなかったが、「靴を裏に回してくれと」と自分から言ったような気がする。窓の桟を外したころ、「ここだから」と、外から杉山の声がした。桟を外した便所の窓から、足の方から出た。庭に出る家の角あたりで靴を履いた。勝手口の戸は閉まっていた。
12月21日
検察官調書
便所の桟を外したのは自分一人でやったことだが、ガラス戸のうち一枚は、自分が外したのを柱か何かに横に立てかけた。横に立てかけるとき、何かにぶつけたかどうか覚えていない。あとの一枚は杉山がどうにかした。一枚目のガラス戸を外す前に、杉山がガラス戸を蹴飛ばした。そのとき大きな音がしたが、ガラスの割れた音かどうかは覚えていない。もう一度ガラス戸の方から大きな音が聞こえたのは便所の中、一本目の桟を外したときだった。便所から顔を出したら杉山はこっちに来るところで、杉山の背後がどうなってたのか分からない。「どうしたんだ」と聞いても返事がなかったので、「靴を裏へ回してくれ」と頼んだ。
12月22日
検察官調書
ガラス戸を外すとき、足元の布団が邪魔だったのを覚えているから、八畳間の内側のガラス戸を外した。外側のガラス戸はまだ外れていなかった。自分が八畳間側のガラス戸を外す前、反対側の外側のガラス戸のほうの杉山が、ガラス戸の下の方を蹴った。大きな音がしたのでガラスが割れたように思うが、ガラスが割れて落ちたかどうかハッキリしない。自分が外した内側のガラス戸は、柱か何かに寄りかけて横に立てかけたが、何かにぶつけたかどうかハッキリしない。そのあと便所に入って便所の戸を閉めて窓の桟を外しているとき、ガラス戸の方で大きな音がしたから、便所の戸を開けてのぞいたら、杉山がこっちに来るところだったので、「どうしたんだ」と聞いたが返事がなかったので、「裏に靴を回してくれ」と頼んで戸を閉め、二本目の桟を外しにかかった。
検察官調書
桜井は八畳間側にいて、私は四畳間側のガラス戸が寄せてあった押入れの柱の方にいて、二枚重なったガラス戸を両方から一枚ずつ外しにかかった。私が外そうとしても外れないので足で蹴飛ばしたら、上のガラスが二枚割れて落ちた。ガラスを割ってしまった頃、反対側(八畳間側)の桜井が先にガラス戸を外して、桜井は四畳間にそれを持ち込んで、横にして立てかけていた。そのあと桜井はそこを離れた。私のほうはまだ外れていなかった。ガラス戸が外れたとき手が離れて、その拍子にそのガラス戸は手前側(四畳間側)に倒れ、大きな音がした。倒れたガラス戸の下に扇風機があったことは、検事さんの調べで図面を見せられたときに初めてそこに扇風機があったことに気がついた。それで倒れたガラス戸が割れたのはそのためだったと思い出した。だからガラスが割れたのは、蹴ったときと倒して扇風機に当たったときの2回。桜井がそこを離れて行った先は便所だったが、それが私に分かったのは、ガラス戸を倒したあと、勝手口あたりで便所にいた桜井に、「靴を裏へ回してくれ」と頼まれたとき。


上記自白の変遷について
再審開始決定書(水戸地裁土浦支部)の判断

自白によれば、二人は意図的に、死体の工作(布団を掛けるなど)、ガラス戸の工作便所の工作に及んだのだから、いかに興奮状態であっても、記憶に強く残るはずであって、大筋において記憶が薄れるとか間違えるということは余り考えられず、しかも強盗殺人そのものを自白している以上、ことさら隠すようなことではないにもかかわらず、二人の不自然な供述変遷が認められる。

死体の工作について
★桜井は当初死体の工作についてまったく供述していない。それが10月24日自白で「杉山が死体を動かした」「二人で敷布団を掛けた」と杉山10月17日自白に符合させ、さらに10月31日自白で、二人で死体を動かした点について杉山10月24日自白と符合する供述変遷があるが、その変遷理由について説明がされていない。
★一方杉山は、当初掛け布団を掛けたと客観的事実と符合しない供述をしていながら、10月24日自白で「二人で死体を動かして敷布団を掛けた」としながら、最終的には桜井一人で死体を動かしたと変遷させ、これらの供述変遷になんら説明がなされていない。

ガラス戸工作について
★当初二人は、それぞれ自分が先にTさん宅を出て室内の物音を聞いたと供述していて、ガラス戸工作については供述していなかった。それが10月29日に同時にガラス戸工作について供述し始めたが、二人の立ち位置やガラス外し方などに変遷があり、最終的には二人の自白内容が一致するものの、変遷理由の説明がない。
★検証調書及び11月30日付け捜査報告書によれば、東側ガラス戸(四畳間中央で扇風機の上に倒れていたガラス戸)は、一番上段のガラス2枚と、上から3段目の右側ガラスが一枚割れていて、一番上のガラス2枚の破片は四畳間に敷いてあるベニヤ板上の破片と符号。上から3段目右側のガスの破片は、扇風機付近の破片と符合する。また西側ガラス戸(ミシンの上に立てかけられたガラス戸)は、一番上段の左側のガラスが一枚割れていて、その破片はミシンの隣の釜の中の破片に符合する。
これらの事実は、11月30日付け捜査報告書によって判明したものである。
★これらの事実に照らすと、「杉山がガラス戸の下の方を蹴飛ばしたら、ガラスが割れて八畳間側へ落ちた」という桜井10月29日自白は、客観的事実と一致しなくなる。また「柱の手前の何かに寄り掛けるように横に倒した」ガラス戸のガラスは一枚しか割れていないので、「2枚割れた」という杉山10月29日自白は客観的事実と一致しなくなる。
★二人の自白の著しい変遷は、上記のような客観的事実を予備知識として得ていた捜査官の質問に、その都度適当に答えたために生じ、最終的に、11月30日付け捜査報告書の内容を踏まえた検察官の誘導によって、二人の供述が一致するようになったという可能性が濃厚である。

便所の工作
★桜井は便所の工作について、当初まるで供述していなかったが、10月26日から供述を始め、検証調書によって容易に分かる便所内外の様子は詳細に語られているが、裏庭に回った杉山に声を掛けたか否かなどについては供述を変遷させ、次第に杉山の自白内容に符合するようになっているのを見ると、捜査官の誘導に対する迎合供述である可能性が高い。

変遷が起きるワケについては
「捜査官の誘導に対する迎合供述とは?」をお読みください。


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今回はここまで。次回は逃走状況に関する自白の変遷を扱います。


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自白の変遷 テ走状況
自白の変遷の最終回です。ここでは自白の変遷のうち、Tさん宅からの逃走状況について扱います。長くなりますが、赤文字部分を拾って読むだけでも、変遷の様子がお分かりいただけるかとお思います。

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自白の変遷 テ走状況
自白日
桜井自白(取手署)
杉山自白(水海道署)
10月15日
Tさん宅を杉山より先に出て、ドブ川の道を15〜6胆召惺圓辰燭△燭蠅如後から走ってきた杉山と一緒になって、二人で寿司屋の前まで走って逃げた。栄橋を渡って、石段を下りて、布佐駅まで歩いた。すぐ来た電車に乗って(午後9時過ぎ頃と思う)、我孫子まで行った。我孫子で常磐線に乗り換えて自分だけ柏駅で降りて旅館に泊まった。杉山は「南千住に泊まる」と言っていた。まだ逮捕されていません。
10月17日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。Tさん宅を桜井より先に出て、記念館の脇のドブ寄りで桜井が来るのを待ったら、5分くらいで桜井が来た。駅まで歩いて、午後9時57分頃の列車で東京に行き、野方の桜井の兄貴の家に泊まった。桜井は我孫子か千住で下りた。
10月18日
杉山より先にTさん宅を出て、ドブ川の通りを走って15〜6辰らいのところで杉山が追いついてきた。栄橋を渡って布佐駅に着いたのが大体午後9時30分頃と思う。その先のことについては後で話します。
10月24日
Tさん宅を杉山より先に出て、ドブ川の通りを16〜7湛圓辰討杉山がなかなか来ないんで振り返って見たら、後ろから走ってきた。私のところで停まるのかと思ったが停まらずに私を通り越して走って行くんで、私も走って寿司屋の前あたりで杉山に追いついた。自動車の横を通って栄橋を渡り、布佐駅まで行く途中、3人くらいの男女とすれ違った。時計を見たわけではないが、駅に着いたのは午後9時40分頃と思う。9時40何分かの電車に乗った。我孫子で10時過ぎ頃の常磐線に乗り換え、自分だけ柏で降りた。杉山は南千住に行くと言っていた。柏で旅館に泊まった。
10月26日
Tさん宅を出て、ドブ川通りの方へ行って桜井が来るのを待った。いくらも過ぎないうちに桜井が来たが、自分の方が歩くのが速いので、桜井より先を歩いた。橋のたもとの手前で堤防を駆け下り、川原で新聞紙と財布を川に投げ捨てた。すぐに堤防を駆け上ったら、橋のたもとのところに桜井が立っていたが、通りかかった人や自動車には気づかなかった。その後も私のほうが桜井より早く歩いて、布佐駅に着いたとき駅の時計は午後9時45分頃で、上りの電車を10分くらい待った。二人とも泊まるアテが野方の桜井の兄貴のアパートくらいしかなかったので、電車の中でそういう話になった。我孫子で常磐線に乗り換え、日暮里で山手線に乗り換え、高田の馬場で西武線に乗り換え、桜井と一緒に野方駅で降りたのは午後11時30分頃。桜井の兄貴のアパートへ行ったら、兄貴は勤め先のバーへ行っていたようで、留守だった。私が便所に入って出てきたら、桜井はどこかに行っていなくなっていた。私は一人で野方駅近くの深夜食堂で食事をして戻ると、間もなく桜井が帰ってきて、「風呂へ入って、兄貴の店で飲んできた」と言って酔っ払っていた。
10月27日
真っ直ぐ杉山と一緒に野方の兄貴のところへ行ったと言えば、兄貴に迷惑がかかる思ったから、これまで柏駅で杉山と分かれて旅館に泊まったとウソをついた。
あの晩は杉山と一緒に午後9時40分頃の電車に乗って、東京都中野区野方の兄貴のアパートへ逃げて行った。アパートには兄貴はいなかった。風呂へ行こうとアパートを出たが、喉が渇いていたので、兄貴が勤めるバーへビールを飲みに行った。午後11時40分頃だったと思う。20〜30分店にいて、アパートに戻ったら、杉山は寝ていた。
10月28日
Tさん宅を逃げ出して、ドブ川の道を15〜6辰らい行ったところで杉山が待っていて、杉山と一緒になった。
10月29日
Tさん宅を出て、ドブ川の道を小走り駆けて、20辰らい行ったところで杉山と一緒になった。
10月30日
午後9時過ぎ頃、ドブ川の道20辰らいのところで杉山が待っていて、一緒に駆けた。栄橋を渡る途中、橋の真ん中あたりに車が一台停まっていた。石段を下りて、郵便局の手前あたりで男女は分からないが、3人くらいの人とすれ違った。時計を見ていないので正確なことは分からないが、布佐駅に着いたのは午後9時30分頃と思う。電車に乗って杉山と一緒に野方の兄貴のアパートへ行った。午後11時25〜30分頃だと思う。兄貴はいなかった。風呂に行くつもりで出たが、喉が渇いていたので、11時30分少し過ぎに兄貴が勤めるバーへ行った。午前0時少し前に店を出てアパートに戻ると杉山は寝ていた。
10月31日
ドブ川の道を行って、栄橋すぐ手前から堤防を川に向かって駆け下り、新聞紙と黒い財布を利根川に投げ捨てたあと、堤防の中段まで上がったところに桜井が下りてきた。二人で栄橋たもとまで上がったとき、単車が一台走ってきて、単車のライトに照らされた。栄橋を渡る途中に、ライトバンが一台停まっていて、男性が一人立っていた。それから電車に乗って野方の桜井の兄貴のアパートに行った。
11月2日
録音テープ。真理子の手元にないので、確認できません。いままでの調べで、布佐駅から午後9時57分発の電車に乗ったと言ってきたが、確かかどうかよく分からない。
11月3日
橋を渡る途中で自動車を見たことや、布佐駅から午後9時40分頃の電車に乗ったことや、野方の兄貴のアパートに午後11時30分頃に着いたことは、前回申し上げた通りです。録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。
12月13日
検察官調書
布佐駅では10分か15分電車を待ったような気がする。我孫子で常磐線に、日暮里で山手線に乗り換えて、高田の馬場に着いたのは11時半頃と思う。高田の馬場から西武線に乗って、野方の桜井のアパートに着いたのは夜中の12時頃だった。

検察官調書
野方の桜井の兄貴のアパートに着いたのは夜中の12時頃で、二人とも部屋から出ないで、12時半には寝た。桜井は風呂にも行っていないし、兄貴のバーで飲んでもいない。
12月19日
検察官調書
駅に着くまで不思議と誰にも会わなかった。誰にも会わなかったと言うと怪しまれるから、郵便局のあたりで2〜3人にすれ違ったとウソをついた。いま冷静に考えると、布佐駅で2分ぐらいしか待たずに電車が来たと思うが、あの時は長く感じた。午後9時48分の電車に乗った。野方の兄貴のアパートへ着いたのは、午後11時40分頃と思う。
12月21日
検察官調書
逃げる途中、栄橋の真ん中あたりで左側に車が一台停まっていたのをぼんやり覚えている。
検察官調書
布佐駅ではそんなに待たずに電車に乗れた。午後9時50分の上りだったと思う。


上記自白の変遷に対する
再審開始決定書(水戸地裁土浦支部)の判断

★二人の自白は、合流した場所、逃走時に見た情景、列車の発車時刻、行き先など、いずれの点においても変遷している。しかも事件発生から日時の経過に伴い、鮮明な記憶を保持していることが不自然と思われることについて、突然詳細に供述し始めるなど、変遷理由に合理的な説明のないまま、次第に客観的事実や共犯者の供述が一致するようになっている。
★たとえば列車の発車時刻は、当初二人の自白は一時間近く異なっていたのに、変遷を繰り返し、最終的には客観的事実と整合するようになっている。また例えば、列車乗車後の行き先についても、当初柏駅で別れ、桜井が柏の旅館に泊まり、杉山が野方の桜井の兄のところに泊まったことになっているのに、杉山が二人で野方の差浦井の兄のところに泊まったと供述すると、桜井もこれに一致するように野方に泊まったと供述した。また検察官調書でも、時刻や行動について変遷させている。
★12月14日付捜査報告書によれば、捜査官は、遅くとも11月1日までには、桜井が8月28日午後11時以降に兄の勤めるバーに来店し、ビールを飲んだ情報を得ている。ところが捜査官が裏付け捜査を実施したところ、遅くとも12月14日までには、布佐駅午後9時51分発の成田線上り我孫子行きの電車に乗車した場合、野方に到着するのは早くても午後11時47分であり、同駅から桜井の兄のアパートまで徒歩で5分かかることが判明した。
★警察官調書で一応一致した二人の自白は、、上記客観的事実に合致するように検察官によって誘導された可能性が高い。

変遷が起きるワケについては
「捜査官の誘導に対する迎合供述とは?」をお読みください。


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今回はここまでです。次回から自白の客観的事実との不一致について書いていきます。


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