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「約束の地から」
ブログ「約束の地から」。 日々雑感、読書感想など。
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自白の変遷 6睇蔽ゼ茵κ配
自白の変遷の3回目です。
今回は前回以上に長いです。赤文字部分を拾って読むだけでも、変遷の様子がお分かりいただけると思うのですが、赤文字部分が多いので、結局全部読むことになってしまうかもしれません。
これまで同様、二人の自白は変遷が多いし、た共犯者同士の供述が一致しているとも思えませんが、とにもかくにも確定判決は事実認定しているので、今回は下記引用部分=金品奪取と分配について扱います。
桜井が同室内のロッカーの中からT所有の現金約7000円を、杉山が同室内押し入れの中からT所有の現金約10万円をそれぞれ取得し、もってこれを強取したものである。

確定判決事実認定要旨より)

 



大きい地図のほうが見やすいです。
←クリック
 
 



 
検証調書添付写真:左上=八畳間の机。右上=八畳間のロッカー。
下=Vの字に落ち込んだ死体の下の床下。


 

(ガラス戸実験用に、大映スタジオに再現された被害者宅の様子:真理子撮影)



星  星  星  星  星  星  星


自白の変遷 6睇蔽ゼ茵κ配
自白日
桜井自白(取手署)
杉山自白(水海道署)
10月15日
死んだTさんの姿を見て膝ががたがたしていたが元気を取り戻して、部屋の中は何も探さず、急いで勝手口で靴を履いて庭先に出て玄関の前あたりに来た頃、部屋の中からごううん」と、何か倒れたような割れたような音が聞こえた。それから急いで大きい道を横切って…杉山があとからかけてきて一緒になった。栄橋手前あたりから土手に上る途中で、杉山が白っぽい布の財布を見せた。千円札二枚、ばら銭で900円くらいと、百円札二枚くらい入っていて、杉山が「これだけしかないや」と言った。布佐駅から電車に乗って我孫子で常磐線に乗り換え柏に行く途中、電車内で杉山が千円札一枚をくれた。自分だけ柏で降りた。まだ逮捕されていません。
10月17日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。畳の下から幅18臓横10造瞭鵑沈泙蠅旅い財布の入った白いボール箱を見つけた。財布の中には、一万円札、千円札で約10万円くらいあった。その他机やタンスは見なかった。桜井はタンスやそのほかを物色していた。たんまり金が入ったから逃げようと……。
栄橋の入り口から5辰らい手前で土手を下りて利根川のほとりまで行って、箱と財布は川の中に捨てた。箱を捨ててから土手に上がり始めてから中段あたりで、盗ってきた金を適当に半分に分けて桜井に渡した。そのとき桜井はタンスなどから探した、くちゃくちゃになった千円札二万円くらい持っていた
10月18日
関脇のロッカーを2つ物色しようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。八畳間に戻ると杉山は、Tさんの頭の前にある押入れの下についている引き出しをガタガタやっていた。私は部屋の入り口のすぐ左側の片開きロッカーの中から1万円札で6万円取ってズボンのポケットに入れた。その頃杉山は、押入れの下に取り付けてある箱から縦5〜6臓Σ10造らいの白い紙包みを取り出してズボンのポケットに入れていた。
寿司屋の脇あたりに来た頃、杉山がズボンのポケットから紙包みを取り出して、「一万円札10万円くらいじゃないか」と言って私に見せました。私はズボンのポケットに入れておいた一万円札を取り出して、「オレは6万円くらいだ」と言って杉山に見せた。寿司屋の脇から利根川の土手に上るあたりで杉山がズボンのポケットから、縦15センチ、横10造らいの白い三つ折りの布の財布を取り出し、千円札3枚・百円札2〜3枚・百円銀貨7〜8枚を出して見せ、3100〜3300円をズボンの左ポケットに入れました。
10月20日
布佐駅で電車に乗って我孫子で常磐線に乗り換えた。自分だけ柏で降りたが、柏に着く前に杉山が千円札を一枚くれた。杉山に分けてもらったのはこの千円札一枚だけ
10月24日
四畳間の北側のロッカー二つを物色しようと思ったが扉が開かなかった八畳間に戻ると、杉山がしゃがんで押入れの北側の下の段の方を探していて、。30造らいの箱をいじっていた
八畳間南側の机の真ん中の引き出しの手前に、茶色い二つ折り皮財布があった。札は入ってなくて、5円玉か10円玉が5〜6枚ロッカーの手前の布団の上に落ちたが、拾わなかった。机の隣にロッカーが2つ重なってあって、その下の方のロッカーの真ん中の段に千円札7枚があったのを見つけた。もう少し上の段を探そうと思ったとき、杉山が「やばいやばい」と言ったのでやめた。そのとき杉山が押入れの前で縦5〜6臓Σ15〜6造稜鬚辰櫃せ由僂せ翳颪澆鮟个靴道ったのが見えた。
寿司屋の脇あたりで杉山がポケットから縦5〜6臓Σ15〜6造らいの白っぽい紙包みを出して、包みのはじを半分くらい破いた。上に一万円札が見えた。10万円くらいあるように見えた。私もズボンの左ポケットに入れてきたくちゃくちゃの
札を全部取り出して見せた。千円札七枚7000円だった。
:桜井君、キミは前に奪った金は6万円だといったことはどんなつもりか。
:杉山がいっぱい奪ったのに俺が少ないんでおかしく思われると思ったからうそを言ったのであります。私が奪った金は7000円が正しいのであります。
土手を歩いていく途中で、杉山は縦17〜8臓Σ10造らいの白っぽい布の三つ折財財布から、千円札二枚と百円札2〜3枚、百円銀貨7〜8枚を出して見せた。栄橋手前の土手の上で、杉山は一万円札3枚3万円を分けてくれた。栄橋を渡っていく途中、杉山は財布と白っぽい紙を一緒に丸めて川の下流に投げた。電車の中で、柏で下りる間近に杉山は千円札一枚をくれた
最初に押入れの下の段の布団を引っ張り出したら、布団の間から、縦10臓Σ18造らいに折りたたんだ新聞紙があって、その中から黒い厚い布の二つ折り財布が出てきた。中には一万円札が3枚と千円札を10枚ずつまとめたものが7つくらい折らずに入っていて、全部で10万円だなと思った。タンスほうを探していた桜井に「おお、これ」と言いながら見せ、自分の胴巻きの中にしまった
10月26日
橋のたもとのすぐ手前まで行ったとき、私は土手を駆け下り、道のところで胴巻きの中に突っ込んだ新聞包みと財布を取り出して中味の札(10万円)だけにし、新聞紙と財布を一緒に丸めて川へ投げた。布佐駅から電車に乗って、二つ目の湖北で桜井と二人になったとき、私は胴巻きから10万円を出して数えて見せた。桜井はズボンの右ポケットから、くしゃくしゃの千円札を出して見せた。私が見たところ全部千円札のようで20枚くらいだった。私は、一万円札一枚と千円札を10枚ずつにをまとめたのを3万円、あわせて4万円を桜井に渡した。桜井はズボンのポケットから出したほかにも、シャツの下の胴巻きの中が、かなり厚ぼったい札束でも突っ込んだようにふくれて見えたから、私に隠してるんだなぁと思ったが、けんかするのも馬鹿らしいので黙っていた
10月27日
10月18日と10月20日の調べのときに、「ロッカーから6万円奪った」と、金のことでウソを言ったのは、杉山が10万円くらい奪ったのに、自分だけ少なく言ったら信用されないと思ったから。私が杉山に財布を見せられたのは、寿司屋の脇から土手へ上がる途中で、財布の大きさは横10臓縦20造らいで、色は白っぽかった。私が杉山から金を分けてもらったのは、栄橋のたもとの一回だけで、以前、柏に着く前の電車の中で、杉山から千円分けてもらったとウソを言ったのは、一万円札で6万円奪ったとウソを言って千円札がないので、分けてもらったというウソを言いました。栄橋のたもとで杉山から分けてもらったとき、左手で受け取って、よく数えないでズボンのポケットに入れた。札の重なり具合から3万円だと思ったが、翌朝数えたら、一万円札3枚と千円札1枚の3万1千円だった。自分が奪ったのは千円札7枚。
10月29日
押入れのカーテンを右から左へ引っ張って開けて、右側の下段の布団を引っ張り出したら、布団の間から新聞紙に包んだ黒い布の財布を見つけた。最初の頃の調べで、奪った10万円を栄橋を渡る手前の土手から下りたあたりで桜井に半分分けたと言ったのは間違い
10月30日
寿司屋の脇あたりで杉山に追いついた。杉山がポケットから縦15臓Σ5〜6臓Ωさ1造らいの白い紙包みを取り出して、ヘリを破いて「オレはこれだ」と言って見せた。一万円札があるなと分かった。私はズボンのポケットから千円札を出して「俺はこれだ」と見せた。土手へ上がる途中、杉山は白い布の財布から千円札2枚・百円札2〜3枚・百円銀貨7〜8枚を取り出して見せた。10月15日・10月20日・10月24日・10月27日の調べのときに、栄橋手前あたりで杉山から金を分けてもらったとウソをつきました。また分けてもらった金は3万1千円だとウソを言いました。布佐駅で電車に乗って、二つ目の湖北あたりで杉山から、千円札で3万円と一万円札1枚の、4万円を分けてもらった。翌朝数えたら、千円札31枚と一万円札1枚だった。私が奪ったのは千円札7枚。10月27日の調べで、杉山から分けてもらったのは一万円札が3枚と言ったのは、細かいことは言うなと杉山に言われていたので本当のことが言えなかった。
10月31日
Tさんを殺したあと、Tさんの体の左側が下になるようにTさんの体を動かした。そのときTさんの尻のポケットから白っぽい布の財布のようなものが2〜3cmくらい出ていた。その財布を抜き取って、自分のズボンの左ポケットに入れた。以前の調べで、この財布を寿司屋の前あたりで杉山に見せられたと言ったのはウソ。食い違った話をしていれば、裁判でも言い逃れができると思ったからウソをついた。バス通りを横切って土手へ出る途中で、ズボンの左ポケットから財布を取り出した。中には、千円札2枚・百円札2〜3枚・百円銀貨7〜8枚、全部で3000円くらい入っていた。杉山は自分より少し先を歩いていたので、この財布や金は杉山は見ていない。金を調べると、金はズボンの左ポケットに入れ、財布は丸めて栄橋を渡ったとき、川へ捨てた逃げる途中、橋のたもとまで来たとき、胴巻きの中へ突っ込んでおいた新聞紙の包みの財布を捨てた方がいいと思って、橋の手前から堤防を川のほうへ駆け下りて、利根川の方へ投げた。桜井は歩くのが自分より遅くて、財布を川へ投げたあと、堤防を中断まで上がったところに桜井が下りてきた。そこで財布から取り出した札を桜井に見せた。布佐駅で電車に乗って湖北駅を過ぎた頃、桜井と二人だけになった。胴巻きに突っ込んだ金を取り出して、桜井に見えるように数えた。千円札を9枚重ねて別の千円札一枚でまとめるように押えたのが7つと、一万円札が3枚だったので、私が取ったのは10万円なんだなと私も桜井も同時に分かった。桜井はズボンの右ポケットから千円札を重ねて四つ折にしたのを取り出した。千円札ばかりで20枚くらいだった。桜井は「俺はこれだけ」と言ったが、ズボンのポケットには百円玉だか何だか知らないが、ジャラジャラさせてたし、シャツの内側を札束でも入れておくように3造らいの厚さにふくらませていたのをTさんの家にいたときから見ていたが、人殺しをしたすぐあとでケンカになってもしようがないと思って、桜井が見せたのが2万円なら、私が取った10万とで12万円になるから、半分分けで6万ずつにすればよいと考え、千円札10枚をまとめたのを3つで3万円と、一万円札1枚を渡した。桜井はその4万円をズボンのポケットに入れた。
11月2日
録音テープ。真理子の手元にないので確認できません。Tさんを殺したあと、最初にカーテンのかかった押入れの中を探し始めた。金を探し始めたのは桜井の方が早くて、桜井はTさんのズボンのポケットを探っていた。また私が押入れの中を探す前に桜井は八畳間の西側の方を探し始めた。
11月3日
Tさんのズボンの尻ポケットの上に、白っぽい物が3〜4造らい出ていた。財布と思って抜き取ったら布の財布だったので、自分のズボンの左ポケットに入れた。杉山が気がついたかどうか分からない。それから私は金を探そうと思って、八畳間から四畳間に出た。四畳間にロッカーが2つ並んでいるのを物色したが、ハンドルが回らなかったので八畳間に戻った。八畳間に戻ると、杉山は押入れの下の段の箱のようなものを探していた。最初の頃の調べで、10万円があった場所は、Tさんの頭に近い畳の下の白い段ボール箱と言ったのは、興奮していたのと、Tさんが一人暮らしなので、金の置き場所など細かいことを思い出さなくても、いい加減なことを言ってれば済むと思ったから。そういう適当な話をしてしまったので、畳の下から取った金の入ったボール箱を、栄橋の橋のたもとから堤防を駆け下りて利根川へ投げたと言ってしまった。本当は、新聞紙と財布を一緒に丸めたものを投げた。

録音テープもあるようですが、録音テープは真理子の手元にないので確認できません。 
12月13日
検察官調書
桜井が先に部屋のそこいらで何か見つけ始めた。私は押入れのカーテンを右から左に開けたら中は二段になっていた。私は右側を探し、布団が重ねてあったが、それを引っ張り出さずに上から順にめくっていったら、下から二番目くらいの布団の間から、薄い新聞包みが出てきた。開いてみたら、黒っぽい二つ折りの札入れがあって、中に千円札が50枚以上あったように見えた。桜井に声をかけ、札入れを見せたら、タンスのあたりを探していた桜井が振り返ってこっちを見たが、また探し出した。私は札入れを新聞紙に包み直して胴巻きにしまった。栄橋のたもとに着いてから、私は桜井に「ちょっと行ってくるから」と声をかけ、土手を下りて利根川の水際から10〜15端蠢阿芭ち止まり、胴巻きから札入れを取り出し、財布から札だけ全部引き抜いて胴巻きにしまい、空の札入れを新聞紙にくるみなおして丸め、川の中に投げた。布佐から電車に乗った車内で、桜井と二人で取ってきた金を出し合った。私は一万円札3枚・千円札70枚で10万円。桜井はズボンのポケットから千円札ばかりで2万円くらいだった。合わせて12万円なので、半分けの不足の4万円分を、一万円札1枚・千円札30枚数えて桜井に渡した。
検察官調書
桜井はTさんの体に障っていたようだから、Tさんのズボンのポケットに何かあったか気づいたかもしれないが、桜井が何をしていたのかはっきりしない。
検察官調書
桜井が部屋の中をガタガタ探し始め、私も探し始めて15分から20分くらいで、私が新聞包みの札入れを見つけ、「早くしろ」と桜井に声を掛けた。
12月19日
検察官調書
金を探そうと思って、まず板の間の玄関口のロッカーに行った。大ロッカーが二つあったが、両方とも開かなかったので畳の部屋に戻った。そのとき杉山は押入れの前にかがんで何か探していた。自分は机の引き出しを探し出した。真ん中の横幅の広い引き出しに茶色の皮の財布があって、開けたら何かが足元に落ちた。ばら銭だったとぼんやり覚えている。机の左の二つに積み重ねたロッカーの、上のロッカーには金はなかった。下のロッカーの書類の間に、千円札ばかりがむき出しで何枚かあった。数えもしないでズボンのポケットに入れた。東京中野区の兄貴のアパートで数えたら、千円札ばかりで7千円だった。逃げる途中、寿司屋の前で杉山に追いついたら、杉山は紙包みを破って見せた。一万円札が見えた。私はズボンのポケットにしまった金を杉山に見せた。布佐駅で電車に乗って湖北駅に着く前あたりで、杉山が金をよこした。一万円札だけ見えた。数えないでもらった。兄貴の部屋で数えたら、一万円札3枚と千円札10枚で4万円だった。span>
12月21日
検察官調書
玄関前の大きなロッカーが二つとも開かないので、畳の部屋に戻ったとき杉山は、押入れのカーテンを開けて、中の布団を引っ張り出さずに、下の方をしゃがんでめくるようにして見ていた。
検察官調書
逃げる途中、栄橋を渡る途中で、少し遅れてきた桜井が、何か白っぽい物を川へ投げ捨てた。自分にはそれがチリ紙のように見えた
12月23日
検察官調書
押入れの布団の間から現金を探し出したのは、自分自身に、押入れの布団の間や畳の下に金を隠す癖が自分にあるから、それで探した。そうしたら出てきた。
12月25日
検察官調書
逃げる途中の列車内、湖北駅あたりで、杉山から4万円分けてもらったとき、私は自分が盗った金を杉山に見せていない。お互いが盗った金を見せ合ったのは、栄橋手前の寿司屋のところ。また白い三つ折財布を、Tさんのズボンのポケットから盗ったと一度しゃべってしまったし、杉山は知らないから何も答えられないだろうと思って何度も言い直した
検察官調書
逃げる途中、湖北駅あたりの列車の中で、桜井に金を渡す際、桜井が見せたのは2万円だと言ったのは、自分にはそう見えたから。桜井が7千円だと言ってるなら、自分には分からないからそれ以上のことは言えない。


上記自白の変遷について
再審開始決定書(水戸地裁土浦支部)の判断

★Tさんの死体が発見された8月30日の現場検証と、この現場検証に立ち会ったTさんの親戚から、八畳間のロッカーや机の引き出しなどが物色されていること、八畳間の押入れの床下には中が空の木箱があったこと、Tさんが使っていた布製の三つ折財布が見当たらないことなどの情報を、桜井杉山の逮捕以前から捜査官は得ていた。
★11月15日に捜査官は、利根川の河原で杉山立会いのもとに、投げ捨てたとされる財布を捜したが、結局発見されなかった。
★白い財布に関する桜井自白は、当初杉山が取ったとしながら、杉山自白に合わせるように自分が取ったと変え、最終的には自分も取っていないと変えた。一方杉山自白では、自分が白い財布と取ったと一度も言っておらず、当初から、桜井がTさんのズボンを物色していたと言っていたが、桜井が白い財布を取ったことを否定すると、「桜井はTさんの体に触っていたようだから、Tさんのズボンのポケットに何かあったか気づいたかもしれないが、桜井が何をしていたのかはっきりしない」と供述を曖昧にしている。
★押入れから布団を引っ張り出したという供述は、押入れの前は床が落ち込んでいて、段ボール箱などがあり、押入れの中の布団は折りたたまれていて引き出された形跡がないことなどの客観的事実と矛盾する。
★桜井自白では自白の変遷理由を裁判対策などとしているが、合理的な理由とは言えない。杉山自白では理由もなく変遷している。
★以上のように、不自然不合理な変遷が認められる以上、二人の供述態度や取り調べ状況は等は、二人の自白全体の信用性を判断するに当たって考慮せざるを得ず、二人の自白は、捜査官の誘導に対する迎合供述との疑いが強い。


変遷が起きるワケについては
「捜査官の誘導に対する迎合供述とは?」をお読みください。



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今回はここまでです。次回は、偽装工作についての自白の変遷を扱います。


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すごく詳しく書いてますね!
内容を見てもゾッとしたけど、
写真を見たらもっとゾッとしちゃいました!
| リリー | 2006/11/25 2:48 PM |
ええ、くわしく書いていると思います。カラー写真は、平成10年9月に、私が弁護団ガラス戸実験のお手伝いをしたときに撮ったものです。「突っ込み布川」、まだまだ続きますんで、ご愛読ください。そのうち一般の新聞やテレビでも大きく報道されるときが来ると思うので、それに間に合うように、急ピッチで書き進めています。
| 真理子 | 2006/11/28 10:10 AM |









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